2024-09-01から1ヶ月間の記事一覧
本家のご先祖様の戒名に、神主と書かれている人物が3名いたことは以前の記事で書きました。当時の考察では、宗家が内城の世之主神社の神主を代々やっていたからであろうという考察で書きましたが、それを裏付けるヒントになる情報を見つけました。島の瀬利覚…
野間氏の本には、島の人から聞き取ったという世之主の母方の情報が書かれていました。口碑によれば、沖永良部島がまだ琉球の支配にあった頃、村ごとに琉球王のもとに貢物を届けていた。その時にはノロの他に生娘が伴われて行くのが慣例であり、ちょうどその…
Vol.376の記事で、現在の世之主の墓の納骨堂に安置されている3つの厨子甕について書きました。伝承では世之主と一緒に自害した奥方と長男のものであるということですが、実はそうではなくて3代の世之主のものであったということでした。昭和12年に沖永良部島…
以前から切望していた竿次帳を閲覧するために東京まではるばる行ってきました。行先は東京国立公文書館です。竿次帳(さおつぎちょう)とは、明治12(1879)年当時の鹿児島県内の土地の所有者を示すもので、土地台帳より少し古い時に作成されています。私が…